- Published on
【良い戦略悪い戦略】下手な戦略は会社を潰す
ざっくり言うと
- 下手な戦略が会社を潰す。哀れな戦略の例。
- 良い戦略の法則。現状の診断、基本方針と行動力。
- 戦略巧者エヌビディア。GPUの王者が生まれるまでの激闘の歴史の節々に、良い戦略が潜む。
下手な戦略が会社を潰す
ルメルトは、アメリカの経営学者で、多角化戦略の研究で著名な実績を残している人物である。
研究論文は多作な一方で、一般向け書籍は2作しかなく、本著は2作目(2012年)に当たる。
ここまで著名な実績を上げている研究者の本としては、豊富な事例とわかりやすい表現で意外にも読みやすい。訳者の村井章子さんの力かもしれない。以前紹介してきたサイモンの超次元的な難解さと比較すると、シンプルすぎて耳がキーンとなる。
実践的な内容で経営戦略を考える立場の人、人生設計を戦略的に行いたい人にとっては参考になるポイントが詰まっているだろう。
豊富な事例には良い事例もあれば、典型的な失敗事例もある。下手な戦略が会社を潰す事例も、赤裸々に載っている。たとえば現アクセンチュアの前身、アーサー=アンダーセンの会計部門が潰れた大規模な会計不正が行われたエンロンだ。
上図は2000年にエンロンが大規模なイベントを開催して発表した戦略の図である。エンロンはエネルギー会社として発足、2000年当時は主力事業として、電力・ガスの商品取引をITを駆使して効率化する、という部分を強みにしていた。2001にSPC(特定目的会社)を利用した巨額の粉飾決算が発覚して倒産するわけだが。
エンロンは自身が強みにするITを駆使すれば、単純な市場(?)であるエネルギーや電力、CO2排出権などの商品市場から複雑な知識空間(?)の情報の商品市場へと拡大できる、と発表した。
会場はルメルト自身を含めて騒然とした・・・わけではなかった。唖然としたのはルメルトだけで、おしゃれな図表に聴衆も経営陣も興奮していた。なんとなくエンロンがすごくなりそう、ということだけが伝わってくる。
ここにルメルトの提唱する悪い戦略の第一原則、「空疎である」が当てはまる。他の事例として日本のNECも含まれており、実際2000-2012年にかけてNECは戦略的撤退を繰り返すことになる。今も様々な企業の戦略(?)と呼ばれているものを見ても、訳のわからない美辞麗句を並べたものが溢れている。まあ、そんな企業は大体業績悪化していく。
良い戦略とは
良い戦略とはもっと現実的だ。ルメルトいわく、良い戦略には3つのカーネル(核)が備わっているという。
1. 診断
<br/>
状況を診断し、取り組むべき課題を見極める。良い判断は死活的に重要な問題点を選り分け、複雑に絡み合った状況を明快に解きほぐす。
<br/>
2. 基本方針
<br/>
診断で見つかった課題にどのように取り組むか、大きな方向性と総合的な方針を示す。
<br/>
3. 行動
<br/>
ここで行動と呼ぶのは、基本方針を実行するために設計された一貫性のある一連の行動のことである。すべての行動をコーディネートして方針を実行する。
<br/>
この法則一つ一つをルメルトは分かりすぎるくらい事例を交えて熱弁してくれる。とにかくこの原則を一字一句、守ることが重要なのだ。「3.行動」において『コーディネート』という言葉が利用されているが、ちゃんと意味がある。単に行動を羅列したタスクリストではなく、コーディネートされた戦略的行動を行う必要があると説いているのだ。順番と重み付けが行動に対して明確に設定されていなければならない。
良い戦略がハマった事例として、IBMがある。1990年代に統合的IT企業だったIBMはインテルやマイクロソフトの台頭によって自社製造のチップやPCの競争力を失っていた。その中でルイス=ガースナーCEOは冷静にIBMの現状を診断し、強みはデータ処理における世界トップクラスの技術力と専門知識であるとして、顧客に対して製品ではなくソリューションを提供する、と方針を決め、着実に行動していったのである。いまもIBMが存在感を示せているのは、この戦略のおかげである。
他の事例としては、鎖構造の競争優位性を有するIKEAの例が興味深い。IKEAは独自デザインで低コストな家具を大規模な郊外店で展開する家具チェーンである。この説明でも分かる通り、ライバルの家具メーカは連鎖的に優位性を発揮しているIKEAに対抗できない。自社デザインで低コストの家具を両立するには大規模な数の生産が必須だが、その商品はさばききれないし、ロジスティクスが追いつかない。郊外型の大店舗も展開する勇気はないし、ノウハウもない。この事例はいわゆるSPA業態の強みでユニクロや無印良品も当てはまる。SPAを確立するまではものすごく難易度が高いが、一度作れると競争優位性が長期にわたって持続する。
エヌビディアのクールな戦略家の一面
本著では良い戦略を用いた事例研究のおさらい編として、3Dグラフィックチップで知られるエヌビディアの事例が載っている。この歴史がまた面白い。
1993年に設立した当時、PCグラフィックチップは3dfx社の1強であった。95年にエヌビディアは個人向けPCグラフィックチップへの参入を決断するが、この時にチップに必要なプログラミングインターフェースに関して戦略的な判断を行っている。このプログラミングインターフェースはライバル、3dfxのグライドが独占状態であったが、エヌビディアはライバルを採用するのは自殺行為だと判断し、現在もゲーミング技術のコアであるマイクロソフトのダイレクトXを採用する。当時のダイレクトXはまだ開発されたばかりで海の物とも山の物ともつかぬ状態であったが、開発チームとの密なミーティングを通じて熱量を感じ、業界標準になることに賭けた。
エヌビディアはムーアの法則(チップ性能が飛躍的に成長する)を踏まえて(※診断)、開発ペースを上げることが自社の競争優位になると確信していた。結果、業界標準の18ヶ月に対して、エヌビディアは6ヶ月で性能を2倍にする、と決めた(※基本方針)。
ここで多くの経営陣は目標に基づいてとにかく開発チームの尻をいたずらにたたき、疲弊させるだろう。多くの企業で見受けられる現場との乖離である。だがエヌビディアは冷静に、現実的な行動計画を立てている。
まず開発チームを3つ並行で発足させ、それぞれは市場投入まで18ヶ月のリードタイムとして、開発期間をずらすことで6ヶ月のアップデートを可能にした。更にスケジュール遅れを防ぐために、遅延の致命的な原因となる設計ミスを防ぐため、チップの設計に関するシミュレーション技術の開発に積極的に投資した。
もう一つ遅延の原因となっていたドライバの制作は、従来ボードメーカが行っていた製造をエヌビディアが一括で提供する方式に切り替えて、共通インターフェースとすることでリスクコントロール可能な状態にした。(今もエヌビディアはWin/Mac/Linux向けにドライバを提供しているし、この方式は一般的であるが、初めてドライバの提供方式を採用したのはまさにエヌビディアであった)
ライバルの3dfxはエヌビディアの驚異的なアップデートペースに最初は実現不可能と鷹をくくっていたが、次第に現実となるにつれ焦りから一貫性の欠けた戦略を取るようになっていた。高い技術力を大衆市場向けのローテク製品に利用しムダなリソース活用を行ったほか、インテルとのキャンペーンで広告支出を増やした。さらにボードメーカを買収し不慣れなボード製造に乗り出した。さらにエヌビディアに対抗して能力的に無理なアップデート計画を立てるもリリーススケジュールは遅れに遅れ、2000年にエヌビディアに特許、ブランド、在庫を売却することになる。
インテルやシリコングラフィックス(ジュラシックパークのCGで有名)といった企業も3Dグラフィックスチップの開発を積極的に行っていたが、悪い戦略のお手本を地で行った結果自滅した。2006年時点で唯一のライバルはカナダのATIテクノロジーだけであり、これを倒すとエヌビディアは覇権を握ることになるところまで進んでいたが、突如インテルのライバルである半導体メーカーAMDがATIテクノロジーを買収し積極投資を行った結果、2020年現在に至るまで業界は二強体制が維持されている。