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【ディズニーランド】ディズニーランド(2/3)-アトラクションの秘密-
ざっくり言うと
- 厳父イライアスの元、働き詰めだったウォルト=ディズニーは、無垢な少年時代をディズニーランド「イッツ・ア・スモールワールド」に託した。「ピノキオ」に向けた曲、「星に願いを」にもディズニーの他力本願の民間信仰が垣間見える。
- カリブの海賊は、ウォルト=ディズニーが最後に直接指揮を執った作品。海賊の死を最初に持ってくる大胆な構図と混沌とした会話の中で、ディズニーの基本構造「死と再生」がコミカルに描かれたアトラクションである。
- ファンタジーランド、アドベンチャーランド、トゥモローランド。ディズニーランドは「地上で一番幸せな場所」、アメリカ人の聖地となった。
はしがき
前回の記事はこちら。総スカンをくらったディズニーランド資金調達の苦労を語っている。 【ディズニーランド】ディズニーランド(1/3)-夢の国へのどろんこ道-
今回はディズニーランドのアトラクションに垣間見えるディズニーの憧憬と、アメリカ人の聖地となったディズニーランドの構図を明らかにしたい。
引き続き参考書籍は「ディズニーランドという聖地(能登路雅子著/岩波新書)」である。この本のスタンスは、あくまでディズニー礼賛ではなく、中立的な立場からディズニーの構造を解き明かそうとしている名著である。読んでみると発見が多い。まあ1990年の本で今や中古本投げ売りみたいになってしまっているが、、
10歳で新聞配達、ディズニーは星に願った
via Wikimedia Commons
農園を手放したディズニーの父イライアスは、ウォルト=ディズニーが10際の頃にミズーリ州西端のカンザスシティに移住し、新聞配達業を始める。ウォルト=ディズニーはカンザスシティの砂嵐と吹雪舞う厳しい気候の中、毎日早朝と晩に新聞配達を手伝わされ、新聞配達のミスがあると父からむち打ちの体罰があったという。
ディズニーは幼年期に一切遊ぶことが出来なかったことへの反動か、大人になっても模型機関車やおもちゃの開発に勤しみ、子供じみた趣味を持ち続けたという。彼の理想世界への憧憬はディズニースタジオの映画作品の基本構造として明確に表れている。
ディズニーランドの名物アトラクション、「イッツ・ア・スモールワールド」は、1964-1965年にかけて行われたニューヨーク世界博の中で、ペプシコーラ社向けにディズニースタジオが制作したものを持ち込んだものである。当時、最初のディズニーランドが生誕10周年で、第二のディズニーランド、フロリダ州オーランドのディズニーワールドを計画していたディズニーは、ニューヨーク世界博で各社のアトラクションを手掛け、テストマーケティングで評判が良かったものをそのままオーランドのディズニーワールドに持ち込もうという計画だったようだ。
「イッツ・ア・スモールワールド」アトラクションは、一言でいえばボートで巡るミニチュア世界旅行である。徹底的な世界の様式化は、アトラクションを待つ順番待ちの中から始まっている。様々な建造物や動物たちが立体壁画に描かれ、イギリスのビッグベンから飛び出す電動人形が人々を飽きさせない。
ボートに乗ると、そこには世界の100の地域を代表する300人の子供の電動人形がお出迎え。子供の人形たちはそれぞれ民族衣装を着ており、思い思いに楽器や歌を奏でている。
当初ディズニーはそれぞれの人形に国家を歌わせる想定だったようだが、あまりに曲調がバラバラなので計画は頓挫し、スタジオ専属の作曲家シャーマン兄弟に作曲を依頼した。難問である。
- 普遍的テーマで、どんな国の言葉でも歌えて、どんな楽器でも演奏できる曲
- とびきりシンプルで覚えやすい歌
シャーマン兄弟はこの問いをうけ、32小節からなる同名の曲「イッツ・ア・スモールワールド」を作曲した。おなじみのあの曲は、ボートの10分に渡るショーのなかで繰り返し歌われる。
フィナーレでは言語が英語に統一され、人形が白色系に統一されていく様は、国籍、民族性、親も知らなかったディズニーの回帰願望、無垢な子供時代への憧憬に呼応する。ディズニーランドでは理想世界のイメージが、繰り返し繰り返し提示される。
1940年公開の映画「ピノキオ」に向けた曲、「星に願いを」はご存知だろうか。この曲の歌詞も一部抜粋すると、極めて他力本願な理想世界への憧れが描かれる。
あなたが星に願いをかける時/あなたが誰であるかは問題でなくなる
あなたの心が望むことは/何でもあなたのものになる
あなたの心があなたの夢のなかにあるならば/どんな願いも大きすぎることはない
あなたが夢見る人のように/星に願いをかける時
運命の女神は心優しい/彼女は愛を知る人々に/秘密の願いを叶えてくれる
突然の稲妻のように/運命は割り込んできて/あなたを救い出してくれる
あなたが星に願いをかける時/あなたの夢は叶えられる
遺作にして怪作、カリブの海賊
ニューヨーク世界博は大成功し、いよいよフロリダのディズニーワールドの建設計画が本格するかと思われた1966年12月15日、ウォルト=ディズニーは肺がんが原因の急性心不全でこの世を去ってしまう。65歳であった。
ディズニーの死後2ヶ月後にディズニーランドのアドベンチャーランドにオープンした「カリブの海賊」は、ディズニーの遺作にして怪作である。
「カリブの海賊」は当初、白い蒸気船のマーク=トウェイン号が周遊するアメリカ河のほとりに100年前のニューオーリンズを再現する中で、ロウ人形の館としてオープンする予定であったが、ニューヨーク世界博で計画として頓挫、全く別のアトラクションとしてオープンすることになる。
東京ディズニーランド公式より結果、イッツ・ア・スモールワールドと同様平底ボートの周遊方式に決定し、早速海賊アトラクションの設計を任されたデザイナーが海賊のイメージ作りのために関連文献を漁った。
しかし、現実はあまりに夢がなかった。人々が想像するように海戦で華々しく散った海賊は皆無で、当時の主な死因は港町の売春宿で移された性病だったのである。全く夢がない。デザイナーたちは焦った。
そこで資料の調査を中断し、アメリカ人が思い描く海賊のイメージから作り上げることになった。ディズニースタジオとしても1950年「宝島」、1953年「ピーター・パン」で描かれ海賊と子供の対決は、どちらも魅力的に描かれていた。片腕をワニにもぎ取られたフック船長がピーター・パンと対決するシーンは、子どもたちにとってはおなじみである。ディズニー自身はマーク=トウェインの小説「トム・ソーヤーの冒険」が大好きで、こちらも参考にしてくれとデザイナーに依頼した。今もトム・ソーヤーのアトラクションはディズニーランドにきっちりと残っている。
結果完成したカリブの海賊は、オーソドックスな物語を持ちながらも、ディズニーランド史上まれにみる怪作となった。ストーリはシンプルである。
残酷無比な海賊が、港町を襲撃する
しかし、演出と語り口は独特である(以下ネタバレ注意)。最初アトラクションの観客は暗い洞窟の中で海賊のドクロ帽をかぶった骸骨に、こう語りかけられる。
海賊の冒険を求めて来たのかえ?そんなら、ここが入り口だ。ただし、死人に口なしってのを、忘れるんじゃあないよ
洞窟の内部は実はいきなりウォーターシュートになっており、地下世界に落下する。そこでは海賊がすべて骸骨で、死んでいる骸骨がいれば、生きている骸骨もいる。参考元は1929年公開「骸骨の踊り」からとったディズニーの怪奇趣味から来ている。ちなみにいきなりウォーターシュートになっているのは、当時のディズニーランドが上が鉄道で十分な敷地が確保できなかったから設計されたようだが、物語演出の良いトリガーになっている。
次のシーンは一転、生前の海賊の陽気な掛け声とともに、港町を襲撃するシーンへと移る。激しい砲弾戦の中、海賊の親玉は港町の町長に対して町長に対して刀をつきつけ、「宝の在処はどこだ」 と突き立てる。対して町長は、妻の「絶対に言うんじゃないよ!」の声援の中、「僕は臆病なんかじゃない、絶対に言わないぞ!」と相向かう。
次のシーンは、港町を占拠した海賊の宴に移る。各地で酒宴の賑わいが聞こえ、ある場所では縄で数珠つなぎにされた待ちの女たちが人身売買にかけられている。
さあ、お立ち会い。このべっぴんをいくらでお求めかい?とうもろこしをたっぷり食べた丈夫な体をご覧あれ。
一方では太った女中に怒られ、追っかけ回される海賊もいる。コミカル、シニカルな演出が、所狭しと行われる。
次のシーンは再び砲弾戦。別の海賊に港町が攻め込まれるのである。街は炎に包まれ、別の海賊が乱痴気騒ぎを起こす中、元の海賊は牢屋に入れられ、犬の加えている鍵をよこしてくれと牢屋から乞い願う。
一連のアトラクションは時間にして15分ほど。振り返ると、海賊の物語構造が最初と次のシーンで逆転していることが分かる。通常、海賊が港町を占拠し、奪った港町で騒ぎ、別の海賊に攻め込まれて死に至るところを、死に至るところから描いている。
このへんてこな物語構造で観客は理解に不安を感じる。さらに追い立てるように、各地のシーンはセリフの嵐で、実際にはほとんど何を言っているのかがわからない。前述で書いたセリフは、実際にはほぼ聞き取れないのである。ディズニーはそこも狙っていて、
このアトラクションはカクテルパーティーの会場みたいなもんで、ゲストの耳に入ってくるのはあちらこちらのセリフの断片でいいんだ。それに、何を言っているのか分からなければ、ショーを見に来るお客さんは何度だってやってくるだろう?
どうやらお見通しだったようだ。
アメリカ人の聖地
中世のお姫様が住む城には魔女や小人が住んでいる。ファンタジーランド。
東京ディズニーランド公式よりミシシッピ河には西部開拓の世界、蒸気船やインディアンのいるウェスタンランド。山々から急滑降するアトラクション「スプラッシュマウンテン」は映画「南部の唄」を題材としており、クリッターカントリーもこちらに含まれる。
東京ディズニーランド公式よりジャングルが広がり、カバに襲われる「ジャングル・クルーズ」があるアドベンチャーランド。
東京ディズニーランド公式より未来と宇宙を描く、トゥモローランド。スペース・マウンテンが有名。
東京ディズニーランド公式より子供の夢を全部詰め込んだこの世界は、アメリカ大衆に共通する夢がすべて詰まっている。ディズニーランドが聖地化したのは、ディズニーの力ではなく、他ならぬアメリカ大衆そのものの力なのである。
1955年のディズニーランドオープン後の10年間で、アメリカ国民の全4分の1がこの地を訪れ、リピート率は当時にして5割、現在は8割にまで達している。ディズニー自身がディズニー自身が思いを馳せた夢の国は、みんなにとっても、間違いなく、夢の国であった。
余談(おすすめ本コーナー)
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