- Published on
【書評】「欲望とインサイト」で商品をバカ売れさせるインサイトを掴む
ざっくり言うと
- 誰もが一度は持つ欲望、「バカ売れしたい」。ハーレーと日産Be-1のバカ売れのトリガーとは。
- インサイトの定義とは。イノベーションの原料であり、効率や収益、エンゲージメント(愛着)をもたらす魔法のことだ。
- インサイトをもたらす力、アナロジー思考とフレームワーク。
バカ売れしたい
バカ売れするために生きている。商品でも本人でも良いからバカ売れしたいのである。どうすればよいか、インサイトを求め続けている。
欲望とインサイト: インサイトハンターの日常 (坂井直樹・四方宏明/Speedy Books)は、日産Be-1などの大ヒット商品を世に送り出してきたコンセプター、坂井直樹氏と、P&Gでファブリーズなど、業界を席巻した四方宏明氏の共著である。
以前キャッチコピーの本を読んだときにも書いてあったが、何かを当てるには当てた実例をたくさん見て感覚を掴むことが大切だという。キャッチコピーだとTCCの受賞作品を歴代20年分見るといった対応をおすすめしていた。
同様にインサイトの構築も実例の勉強と素振りが必要だ。本著は素振りをする時に実例とインサイトを得る背景情報(最近世の中で起きている新奇事象)をバランス良くまとめてくれているので、インサイトを得るスタート台としてちょうどよい。
例えばバイクのハーレー=ダビッドソン。男らしい無駄に装飾のついた大排気量のマッチョなバイクが有名だが、これは定年を迎えた男性に大人気なのだそうだ。背景となるインサイトは、バイクを通じて「若さ」を得ようとしている、というものだ。表層的には大型のバイクがほしいと言っている。だがこれは潜在的には映画「イージーライダー」に象徴される、自由と冒険のシンボルであるハーレーを持つことで若さを手に入れようとしているのだ、というものがインサイトである。
例えばBe-1。1987年当時死にかけていた日産が生き延びた理由でもある。これはパイクカーとして一大ブームを巻き起こし、現在でもプレミア価格で取引される車である。当時80年代は角張ったクルマばかりの中で、丸みを帯びたデザインは中古レトロを彷彿とさせ、ハイセンスなイメージがあった。結果ハイセンスに思われたい当時の若者にヒットした。
インサイトとは、爆発を起こすきっかけ
マーケティングの世界ではおなじみのインサイト。これは定義が難しいが、本著では「Harvard Business Review November 2014」の例を挙げていた。
- どんな分野であっても、イノベーションの源泉となる。
- 効率を改善する、収益を生み出す、エンゲージメント(愛着心)を高めるための想像力に富んだ理解。
つまり、商品バカ売れのきっかけということだ。せっかく定義したのに壊していくスタイル。
きっかけを掴むには日頃からひらめきの準備をしておく必要がある。アンテナを張りつつもふつうにせいかつする必要があるのだ。ある人はこれを計画的偶発性とよんだ。その人とはスタンフォード大学のクランボルツ教授である。彼はこの理論を個人のキャリアに対して適用し、個人のキャリアの8割は予想もしない偶発的なことによって決定されるとし、ならば起こす偶然が良いものになるよう計画していけばよいのではないか、という理論である。一見偶然の計画というと矛盾しているが、きっかけを得るような場所にいること、が大事だということである。たまたま面白いことを考えている人の近くにいる、であるとか、なにか新しいものを発明しよう、と考えあぐねているとか、常に点と点をつなげようとしている状態であることが大事なのだ。
典型的なインサイトの発見例がバルミューダーの大ヒットトースター、「The Toaster」である。これは定価は2万円を超える高価な製品だが、水分を含ませるという技術により、既存のどのメーカーも改善できなかったトースターの新境地を開拓した。
きっかけはバーベキュー大会の時の炭火焼きトーストの美味しさが完璧だったことからである。美味しさを再現すべく試行錯誤を始めるが、どうにもうまく行かない。そこである社員がひとこと「そういえば、あのバーベーキューの時雨降ってましたよね。」と。そこで水分をうまく残せば美味くなるはず、とのヒントを得る。更にそんな折、連日の行列で賑わいを見せる吉祥寺のパン屋「ダンディゾン」の厨房を見学すると、細かい制御ができるスチーム機能付きの電気窯を利用していたのだ。これだと着想を得て、現在のスチーム制御と温度制御を実現した「The Toaster」が出来上がるのである。意思を持った観察により得られたインサイトが織りなした奇跡である。
インサイトをもたらすアナロジー思考とフレームワーク
インサイトをもたらす方法論は、明確に存在する。一つはアナロジー思考である。アナロジーとは、日本語では類似と呼ばれ、基本原理や構造、モデルの類似性から新しい分野に応用しようとする思考を指す。最近自分の中で概念のモデル化を大事にしており、アホみたいに経営行動を熟読していたのもアナロジー思考のベースとなる要素抽出を徹底的に行いたかったからである。
アナロジー思考での応用例は枚挙に暇がないが、例えばくっつき虫の構造にヒントを得た「ベルクロ(日本ではマジックテープと呼ばれる)」、地雷探索からヒントを得たアイロボット社の自動掃除機「ルンバ」などがわかり易い例だろう。
注意すべきは、ヒントを得たことそのものがインサイトではないということである。本来インサイトとは、なにか明確に課題を解決する必要があり、それは検証を要する。本著で示されるフレームワークを埋めて、自分が本当にインサイトを見つけているか確かめよう。何事も実践である。明日からインサイトまみれの生活になることを願っている。
- 課題: 解決したい課題や創出したい機会
- インサイト
- [表層]誰かが作った既成概念、受け入れた現状、建前、思い込み、何気ない行動、疑わしい行動、常識を指す。
- [本質]自ら見つけた新事実、あるべき未来、ホンネ、意外な事実、本来の理由、良識のある非常識
- アクション: 顧客の行動を考えるためにすべきこと。
実例:柔軟剤のレノア
- 課題: 縮小傾向のある柔軟剤市場で、新ブランドとして顧客に選ばれるようにする。
- インサイト
- [表層]柔軟剤は柔軟さで競っている。
- [本質]柔軟さのニーズは実はすでにある程度満たされており、顧客は衣服につくニオイを木にしており、洗剤直後の爽やかさを長続きさせたい。
- アクション: ふわっとニオイも防げる、レノアのCM。エレベータなどニオイが気になる環境をメインに押し出してCMを出す。