【フロム】愛するということ
愛されるより愛することを学ぼう。
よく、おすすめされている本でも中々読んでいない本がある。
この愛するということ、という本も何人かからおすすめされていたが、経済や技術の本を優先し読んでこなかった。
結論から言えば、過去の自分は誤りであった。今からでも深く、愛を学ぶ必要がある。
実はこの「愛するということ」、女性の間では哲学書として異例のヒット作となっており、よく読まれているようだが、一方男性はあまり読んでいないのではないだろうか。
本著は、哲学書としても比較的読みやすい文体で、内容も理解しやすく、哲学入門としてもおすすめしたい。
今回は本著のメインテーマである、人間の愛に関する誤解と愛するということの意味を紹介したい。
フロムは、現代の社会人が愛について3つ、根本的に勘違いをしていると指摘する。
愛について考える時の多くの人の誤解は、問いが「愛する」より「いかに愛されるか」に発してしまうことである。
人は外見的魅力や富と権力、性格、考え方を現代社会のトレンドに合わせて寛容的であろうとするが、それは愛を人気やセックスアピールと庵違いしているからである。
何が人を魅力的にするかは、肉体的にも精神的にも時代の流行に左右される。恋心を抱く相手を、まるで商品を手にとるように、社会的価値という観点から望ましいものを探そうとするのである。
人は互いに相手に夢中になった状態を愛の強さの証拠と思い込む。だがしかし、そのこと自体が、今まで二人がどれだけ孤独であったかを示しているだけかもしれないのだ。
フロムは人間にとって愛が必要な理由を、アダムとイヴの神話から捉え直す。人は孤独への恐れを抱いているのだ。
なぜ恥が生まれるのか。これは決して性器が丸見えなことからくる当惑ではない。
アダムとイヴは、それぞれ孤立していることは認識しても、二人はまだ他人のまま。まだ愛し合うことは知らない。
人間が孤立した存在であることを知りつつ、まだ愛で結ばれるわけではない。ここから恥が生まれる。罪や不安もここから生まれる。
やがて人間は孤独への不安に苛まれ、セックス依存や酒、薬物への依存に溺れる、一時的な興奮状態を孤独への恐れの紛らわしとするのである。
しかしフロムは、愛する技術を知ることで本質的に孤独から回避する方法を学ぶことができるという。詳細は本著にて。
おすすめデザイン本。ずっと使えるデザインのコツがびっしり。自分もよく利用してます。
サイモンの推論によって、芸術・チェス・経済、あらゆる問題は満足化問題に着地し、AIと人間の区別など、そもそも存在しないことが示された。